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映画そもそも日記

映画のそもそも〜ってなんだろう?をベースにした日記

あやしい彼女 2/2

作品評 映画論

 日本版の中に出てくる曲で、前回お話したような俳句と似た表現が顕著なのは次の3曲だ。 

見上げてごらん夜の星を 

1963年(昭和38年)発売 坂本九 

原曲は1960年に初演された同名ミュージカルの劇中主題歌。日本レコード大賞作曲賞受賞。 

作詞:永六輔 

作曲:いずみたく 

 

「真っ赤な太陽」 

1967年(昭和42年)発売 美空ひばり ジャッキー吉川ブルーコメッツ 

作詞:吉岡治 

作曲:原信夫 

 

「悲しくてやりきれない」 

1968年(昭和43年)発売 ザ・フォーク・クルセダーズ 

作詞:サトウハチロー 

作曲:加藤和彦 

 

 この3曲の歌詞について具体的に考えてみよう。ただし、著作権に触れるといけないので引用は歌い出しの部分だけとするが、それでもその特徴がよく解るはずだ。どれも覚えやすいメロディに誰にでもわかる行動や情景が歌われる。抽象的な概念ではなく、もう少し具体的で誰でもが経験しているような行動や情景だ。 

 

 「見上げてごらん夜の星を」ではこのタイトルそのままの歌詞で始まる。 

 

  見上げてごらん 夜の星を 

  小さな星の 小さな光りが 

  ささやかな幸せを うたってる 

 

 理由は人によって全て違っても、誰でもそれぞれの思いで夜空の星を見上げたことがあるだろう。だから、「見上げてごらん・・・」と促されれば、その時の思いが湧き上がってくるはずだ。こんなに唐突でありながフレーズ、こんなにも強い歌い出しが他にあるだろうか?思いを込めて夜空の星を見上げたことのある人は誰でもこのhだけで心を一瞬にして掴まれてしまう。このタイトルそのままのフレーズがこの曲の命だ。 

 

 「悲しくてやりきれない」というタイトルはサビの部分で使われる。このフレーズは直接に感情を歌ったものだ。けれど、この誰でもが経験する感情を誰でもが経験するだろう情景から導き出す。 

 

  胸にしみる 空のかがやき 

  今日も遠くながめ 涙をながす 

  悲しくて 悲しくて 

  とてもやりきれない 

 

 この最初のフレーズも前曲と同様だ。胸に迫る思いに誰でもがする経験を歌うことで、聞く者の心を掴んでしまう。この情景と次のフレーズの「悲しくて・・・」は「涙をながす」という人の行動でつながっている。この有様が次の心情表現へと淀みなくつなげている。この時、聞いている者はその心のなかに幾度も遠くの空にそれぞれの思いを馳せる自分の姿を客観的な映像として見ているだろう。それもそれぞれが経験した感覚、感情を伴った具体的な状況だ。涙をながす理由は説明されない。それは聞くものそれぞの心に任されている。たいていは皆それぞれにそんな心情に至る経験を持っているからだ。 

 

 「真っ赤な太陽」は傑作だと思う。 

 

  真っ赤に燃えた太陽だから 

  真夏の海は恋の季節なの 

 

 この「だから」で結ばれた2つのフレーズを良く読んで欲しい。「真っ赤に燃えた太陽」だから「真夏の海は恋の季節」と言うのは考えてみると理屈としてはつながらない。「だから」という言葉はその前文を理由としてその後の文において話の発展や結びを行うものだ。言い方を変えれば「だから」の前後は原因と結果だと言っても良いだろう。しかし、この文ではそのような筋道にはなっていない。どう考えても、「風が吹くと桶屋が儲かる・・・」的な話だ。もはやまともな文章にすらなっていないのだ。けれど、どうだろう、感覚、感情的にはピッタリとハマる。この2つのフレーズだけで聞く者は焼けつく日差しや砂と海水の感触、潮と汗の匂いとともにジリジリとした恋を求める男女の感情さえ湧き上がってくる。 

 

作品の変化 鑑賞者の変化 

 以上の3曲を並べてみると共通するのは最初に言ったように抽象化され過ぎない現実の情景や行動が歌われていることなのだが、これは今も変わりないのだろうか? 

 これを確かめるために、昨年、2015年日本レコード大賞の大賞と作品賞に選ばれた曲を参考にしてみよう。この賞は色々と言われるところもあるけれど、とりあえず昨年ヒットした曲、つまり一般的に支持された曲であることは確かだからだ。ここですべての曲の歌詞を抜粋、引用することはしないが、興味のある方はそれぞれを検索、確認してみて欲しい。上記の点について面白いことに気がつくはずだ。 

 私が書いたような現実の情景や行動による感情の伴った像の誘導に近い表現方法を用いていると言えるのは僅かに大賞をとった三代目 J Soul Brothers の「Unfair World」だけである。逆に他の曲は全て全く違った特徴を持っている。その特徴とは「現実の手触りが少ない」ことである。現実の情景や行動に基づく表現が少なく、ほとんどが頭のなかだけで考えられた、観念的な世界なのだ。かつての曲たちが他人や世界との関係を歌っていたのに対し、今の曲たちは自分の世界だけを歌っているように聞こえる。しかし、このような曲たちが現実に支持されている。これは鑑賞者が変化したのだろうか?作品が変化したのだろうか? 

 

悲しい勘違い 

 このように書くと、「今の若いものは・・・」のような感情的な年寄りのたわごとのように聞こえると思う。しかし、そうではなく、今の状態を良いとか悪いとか言うのでもなく、冷静に私なりの解釈をしているだけだ。すると、実は現実の手触りに欠ける歌詞が受け入れられるような現在の状況が生み出された大元はこの作品「日本版 あやしい彼女」の中に出てくる代表的な3曲が生まれた時代の直後から現れ始めたと言って良いと私は考えている。単純なことだ。1970年台に始まるフォークシンガーに代表される、シンガー・ソング・ライターのブームがそれだ。それまでの曲はプロの作曲家とプロの作詞家が作っていた。彼らはプロの経験と技術で作品を作っている。年齢もそれなりだ。しかし、台頭したシンガー・ソング・ライターたちはみな若い。それまでにない自由な発想で作品を創った。それが若者の共感を得た。なぜなら、創る側も受け取る側も、ともに若く自由でそして現実の経験は少なかったのだ。 

 歌謡曲も映画と同様に表現形式の一つであり、表現という側面と商品という側面を同時に持っている。社会的経験の少ない若者たちにも共感される同世代の表現が商品としても認められ、より多く供給されるのは当然だ。経験に欠けることが悪いのではない。経験に欠けるからこその迷いや希望もあり、そこに多くの共感が得られたという事実があるのだと思う。 

 勘違いの源はここにあると思う。つまり、この作品の肝である、昭和歌謡の歌詞の素晴らしさが今の若い世代の真の共感を得られるとは限らないいうことだ。今の若者も当時の若者も条件は同じだろう。だから、名曲は時代を超えて共感を得るものだと考えるなら、それは間違いであるかも知れない。名曲は時代を超えるかもしれないが、同時代の世代を跨いで共感を得られるとは限らないということだ。私の予想では、この映画を観て共感できるのは現在50代以上の世代がほとんどかもしれないということである。若者の共感を全く受けないとは言わない、しかし、その共感とはなんだろう。歌詞の内容への共感やノスタルジーではなく、レトロ感なのではないのだろうか。 

 この映画を創った人たちは広い世代をターゲットにしたかもしれないが、題材に昭和の名曲を選んだがゆえに、その部分ではオリジナルを超える内容の質の高さを得た反面、そこに共感してくれる多くは高齢者であるという矛盾に見舞われるのではないかと私は考えている。これが私の杞憂なら、現代の若者はかつての私達よりずっと豊かな感受性を持っている言えるのだが。それでも、この作品自体は良く出来ている。なんだかレトロな昭和歌謡に新鮮さを感じただけの若者も、彼ら自身がオヤジ、オバサンになってこの作品をふたたび観る機会があるのなら、きっと涙を流す者も出てくるだろう。 

 

参考文献

 海保静子著 「育児の認識学」

 三浦つとむ著 「芸術とはどういうものか」

        「弁証法はどういう科学か」

あやしい彼女  1/2

作品評 映画論

あやしい勘違い 

   楽しめるし、悪くない。倍賞美津子さんと多部未華子さんのつながりに難があるけれど、それでも白目をむいて茹で上がって見せる多部未華子さんはそれを乗り越える魅力がある。しかし、元は大ヒットした韓国映画のリメイクだから、オリジナルより高い評価を受けることは少ないだろうと思う。私個人としてはこっちのほうが好きだ。なぜかといえば日本のほうが脚本の構造をうまく利用できる素材に恵まれているという特殊性があるからだ。物語の表現内容はオリジナルと日本版とでは微妙に違っている。どのように違うかはどちらも良い作品なので是非、観比べてみることをオススメしたい。ただ、本作は製作者の意図したほどの観客動員は得ることは出来ないかもしれない。製作者も鑑賞者も地域や世代の違いによる、普遍性と特殊性の切り分けが難しいために勘違いをしているのではないかと思われるからだ。今回は、この作品における日本的普遍性が世界的に見ると特殊なものではないかという疑問と、この特殊なあり方が日本においても世代を経るに従って普遍的ではなくなって来ている、つまり共感を得られなくなってきているのではないか?ということについて考えてみたい。 

 

難しいリメイク 

 映画表現におけるリメイクすることの目的とは何だろう。それは商品価値の向上ということだと思う。リメイクとはオリジナル作品の高い商品価値や作品性を認めながら、時代や地域の違いによる鑑賞者の受け取り方の違いにあわせた修正を施し、より商品価値(集客力)を高めた作品を再製作することと考えられる。本作はオリジナルの製作からほとんど時を経ておらず、時代的認識の差や技術的発展の穴埋めというリメイクではなく、公開される地域の文化的背景の差を埋めるためのものだ。つまり韓国から日本へ舞台を移し文化的な違和感をなくすための修正を施して日本の観客に受け入れられやすい商品として再製作したものといえるだろう。 

 それは本作では非常に上手くいっている。この物語は口の悪い婆さんが突然20歳に若返り、歌が上手かったことを活かして歌手デビューを果たそうというものだけれど、主人公はただ口が悪いだけではなく、他人を思いやる気持ちからであるということが日本版のほうが良く表現されているし、どうして口が悪くなってしまったのかという背景についても、日本版のほうが共感が持てる。これはリメイクのほうが後だしジャンケン的に有利だというだけにとどまらず、韓国と日本との文化的背景の違いを作者が良く理解しているからだろう。 

 主人公の年齢がだいたい70代だとすると、彼女の20代といえば1950年代後半から1960年代半ばまでということになる。その頃の韓国はといえば、1956年にアメリカの傀儡であった李承晩が大統領に3選している。この政権は1960年に倒れるけれども、その後も軍事政権が続き、形だけではあるが民主的選挙で朴正煕が大統領に選ばれるのが1971年ということになる。そのような軍事政権下の韓国の一般市民の現実的な生活や歌手や楽曲の実際などは日本人にとって肌感覚としては解らない。 

 当時の日本はといえば、1956年に経済企画庁は経済白書で「もはや戦後ではない」と記したが、一般市民の生活はまだまだ戦後を抜けきってはおらず、このあたりから高度経済成長という日本の誰もが死にものぐるいで生活の向上を求める時代がやってくる。高度経済成長という言葉の響きから、それが華やかで明るい時代であったと現代の感覚から想像するのは間違っている。それは希望に満ちた時代であったことは確かだが、現実にその時代を生きた人々にとっては苦しい日々であったに違いない。ただ、希望が持てたからこそ、その時代を乗り越え次の時代を作ることが出来たのだ。それはどの個人にも等しく訪れる青春時代と同様で、思い起こせば甘く懐かしいが現実に青春を生きているときはそれが甘い青春などとは自覚できはしない、苦い思いばかりの日々であるのと同じである。日本人としてはこちらのほうが実感として解りやすい。ただし、そう、但し書きがつくのだが、ちょうど私が1956年生まれなのだけれど、戦後の余韻を受けて育った我々の世代まではという但し書きがつくのではないかと思うのだ。 

 

すばらしい昭和歌謡の歌詞 

 歌は魂で歌うものだというセリフが出てくる。このことの理解も、歌い手が歌詞の理解をどのように歌うかの考え方の微妙な違いがオリジナルと日本版リメイクで良く現れている。ただ、元の脚本が主人公がボーカルを勤めるバンドがデビューできるかどうかの選考にオリジナル曲が必要ということになっているので、日本版では上記の考え方による歌唱の表現のあり方に一貫性がなくなってしまった。しかし、ハッピーエンドのコメディ、つまり御伽噺としては、そこまでうるさく言う必要はないだろう。 

 そして、この日本版を素晴らしい作品にしている第一の要素が選曲にある。これらの曲とその歌詞の素晴らしさが日本の社会の歴史的な背景とその中で青春を過ごした主人公の心を見事に代弁し、また、鑑賞者の共感と感動とを強く揺さぶるものとなっている。冒頭に記した日本の特殊性とはこの事だ。ここからは私の専門外に対する私個人の意見として聞いて欲しい。 

 プレバトという番組は評判だから、みなさんもご存知のことと思う。この番組で人気のある、俳句の毒舌先生の解説は俳句の作り方が素人にも理屈としてはよく解る。この先生の話をまとめてみると、俳句は簡潔でより適切な言葉(概念)を提示することで、鑑賞者の心に具体的な情景を描かせることができるかにかかっているということだろう。更に、良い俳句はこの情景が単に視覚的映像というだけでなく、他のすべての感覚を含めた五感覚に訴えるもので、そのような情景を描かせることで五感覚に付随する感情をも思い描かせるものであるということだろう。吹き抜ける風の感触や花の香から様々な感情が呼び起こされるようにである。このような言葉の表現方法は他の言語でも当然存在するのだろうけれど、少なくとも日本語において重要で特徴的な使い方であることは確かだ。この考え方は、日本の歌謡における作詞にも生きている。そして、特に昭和前期の歌謡曲の歌詞においてはそのような本質的に俳句に似た表現が今よりずっと多かったのではないかと思うのだ。 

 次回は日本版に出てくるこのような特徴の顕著な3曲を具体的に考えてみようと思う。

オデッセイ 追記

作品評

誤訳?

 主人公は自分の行動をビデオにメッセージとして記録しているのだが、物語はビデオに残す彼の音声メッセージがその場面の説明にもなるというように工夫されている。彼は一人取り残された火星で生き残るために食料として保存してあったじゃがいもを種芋として栽培するエピソードが出てくる。鑑賞者はこの試みも彼の解説付きの記録状況をリアルタイムで観ることになるのだけれど、その中で「火星の土で栽培する・・・」というセリフが出てくる。火星の表面を覆っているのは土なのか?と一瞬現実に引き戻されたのは私一人だけではないだろう。最近のNASAの火星探査の発表では火星に水が存在する可能性が非常に高まったと言っている。過去にはもしかしたら生命体が存在したかもしれないという話まで出てきているらしいが、だからといって”土”はないだろう。少なくとも地球で言うところの”土”の概念は生物の死骸の堆積だ。いくらなんでもそれはない。いま火星の表面を覆っているのは殆どが岩石と砂だろう。私は日本語吹き替え版を観たのだから単なる誤訳かも知れない。もともとのセリフはどうなっているのだろうか。まあ、ほんの些細な事だし、素晴らしい映画の出来には影響ないのだけれど、ちょっと、気になる。 

オデッセイ

作品評

達観 

 前回に続いて、極意を観た感じだ。一見して、軽い、明るい、シンプルな作品。話の設定や内容は結構複雑なことをやっていいるはずなのに、訴えてくることはシンプル。自分を信じて諦めず、前向きに今できることをやる。でもこれって、宇宙飛行士だけの特殊能力ではなくて、全ての人生の極意じゃないか? 

 リドリー・スコット監督はすこぶる多作な監督だ。初の監督作品の前にすでに数多いCM作品を手がけていたという。wikipediaによれば手がけたCMは1900本に及ぶというからすごい。監督の作品リストを眺めて欲しい。よく知られた、「決闘者/デュエリスト」、「エイリアン」、「ブレードランナー」、「グラディエイター」などからのイメージだけではおさまらない、多彩さだ。けれどどれも骨っぽい。しっかりした作りの作品ばかりだ。だから、私は個人的にも彼の作品が好きだ。なんだか、今回の「オデッセイ」、こんなにたくさんの作品を作ってきた監督の達観のような気がする。「やっぱり映画はこれでいいんだよ。」と言われているような気がするのだ。でも、これでいいんだという作品のシンプルのレベルが高すぎる。剣の達人が「ただ、切り下ろすのみ」と言っているのと同じだ。並の監督では真似のできない技だ。こんな作品を観たなら、また、ニッコリ笑って立ち上がりたくなる。「やっぱり、人生これしかないんだね」って。みんな、そうでしょう? 

 作品を観たあとでは邦題に苦言を呈したくなる。原題のほうが全然良い。そのほうが主人公ワトニーをよく表している。興行成績を考えて作品内容に誤解を生みそうな原題よりもキャッチーな邦題を選択したのだと想像するけれど、鑑賞後では邦題の意味の無さに悲しくなる。みなさんはどうだろう。 

マイ・ファニー・レディ

作品評

人生の帰結 

 この作品はある女優がインタビューに答えているところから始まる。彼女は記者に「魔法を信じる」と、そして「ハッピーエンドが好き」と何度も答える。ここを見て古い映画ファンなら「もしかしたら?」と思うだろう。私もその内の一人で、見終わったあとには迷わずパンフレットを買った。確かめたいことがあったからだ。そしてしみじみと納得したのである。 

 原題のShe's Funny  That Wayは古いジャズナンバーの題名でもあるそうだ。「もしかしたら?」を確認するために、原題にもあたってみたのだ。その歌詞についてはその道の方の話に耳を傾けたい。勝手にご紹介してしまうが、お許しいただけることを信じて以下を参照していただきたい。きっと、みなさんも納得を深めていただけると思う。 

 

 INTERLUDE by 寺井珠重 

 ”ジャズクラブの片隅から…” 

 対訳ノート(38)「夫婦善哉」の味 She(He)'s Funny  That Way  

 http://jazzclub-overseas.com/blog/tamae/2013/08/38she-hes-funny-that-way.html 

 

 ここで言う彼女とは誰だろう?もちろん、主人公のイジーのことでもあるけれど、彼女を中心としたラヴ・コメ・ファンタジーの裏にもう一つのピーター・ボグダノヴィッチ監督の思いがしみじみと伝わってくる。彼女とは誰か?この答えを知るには監督のこれまでの人生を振り返ってみることが必要だ。私と同様、パンフレットを購入した方は監督のプロフィールをもう一度確認して欲しい。パンフレットがない方は、「マイ・ファニー・レディ」のオフィシャルサイトに同じく監督のプロフィールが紹介されているのでそちらの方を。 

 

 マイ・ファニー・レディ 公式サイト 

 http://www.myfunnylady.ayapro.ne.jp/director.html 

 

 

 そして、さらに以下を参照して欲しい。 

 

 Real Sound 

 映画>作品評 

 「マイ・ファニー・レディ」に漂う”優しさ”の由来は? 

 ピーター・ボグダノヴィッチ監督の過去からの考察 

                  松崎健夫 

 http://realsound.jp/movie/2015/12/post-601.html 

 

 これでみなさんも監督の人柄とその背景の大筋が理解できたと思う。私もこれほど詳しくは知らなかったので松崎健夫さんの解説は大変参考になった。ここから、彼女とは女性たちと監督の人生のことであろうとは誰しも理解できる。だが、監督の人生をこれほど詳しく知らなくとも、「この映画、もしかして?」と古い映画ファンに想像させる要素がもう一つあるのだ。 

 

彼女とは 

 ピーター・ボグダノヴィッチ監督は抑揚にあふれた私生活だけではなく、その創作においても、安定したヒットメーカーという事はできないだろう。パンフレットにもあるように低迷の時期もあったようだ。低迷の原因は個々の作品それぞれに存在しただろう。ただその視点をもう少し俯瞰して見ると、そこには世界と映画の大きな流れが原因としてあったのではないかと思えてくるのだ。時代が彼の作風に影響しなかった、または時代が彼の作品の評価に影響しなかったとはいえないと想像できるのだ。 

 パンフレットの田中文人さんの解説によると監督は「ラスト・ショー」(71年)、「おかしなおかしな大追跡」(72年)、「ペーパー・ムーン」(73年)とヒットを続けた後、79年の「セイント・ジャック」(未公開)で好評を得るまでは失敗続きだったようだ。この間の監督の作品は日本では未公開のものばかりのようだから、私にも本当のところはよく解らない。けれど、この監督の不振時期に先立つ66年頃から76年頃までの10年間という時期はアメリカの映画史の中でも特徴的な時期だ。だから、この時期に映画をよく見ていたファンはピンと来るのである。その特徴とはアメリカン・ニューシネマの台頭である。この時期、それ以前の作品とは明らかに作風の異質な作品が現れ、大ヒットする。少し、代表的な作品を挙げてみよう。 

 

1966 

 「バージニア・ウルフなんて怖くない」 

 「逃亡地帯」 

1967 

 「夜の大捜査線」 

 「卒業」 

 「俺達に明日はない」 

1968 

 「2001年宇宙の旅」 

1969 

 「真夜中のカーボーイ」 

 「イージーライダー」 

 「明日に向かって撃て」 

1971 

 「バニシング・ポイント」 

 「ダーティハリー」 

 「フレンチ・コネクション」 

1973 

 「時計じかけのオレンジ」 

1976 

 「タクシードライバー」 

 

 これは先立つ60年代初頭から69年までにフランスを中心として起こったヌーベル・ヴァーグ(新しい波)の影響なのだが、それを産んだ世界的な時代背景がアメリカ映画にも大きく影響している。この頃といえば、ヌーベル・ヴァーグの中心地であったフランスではアルジェリア戦争があり、アメリカでも人種差別撤廃運動やベトナム戦争で社会は大揺れに揺れていた。日本でも日米安保条約をめぐっての激しい学生運動が起こった時期である。アメリカはベトナムでの初めての敗北感に打ちひしがれていた。俯瞰してみれば第二次世界大戦が終結し、アメリカを中心として世界に対する捉え方において帝国主義的な力ずくでの植民地政策に対する疑念が起こり、反省と修正の必要に迫られている時期である。大衆の意識も特に若者たちの意識が体制への批判に傾いていた時期でもある。そのような時代背景からフランスのヌーベル・ヴァーグはこれまでの映画の歴史遺産を踏まえながらもそこにとどまらない、作家の選ぶ一つの表現形式として映画を発展させようとしたものだった。アメリカでも同様に監督の役割が制作現場を統括するだけでなく、表現形式としての映画の創作を統括するものとする映画製作が行われるようになってきた。ここでは映画はまず商品であると同時に監督を中心とした表現者の作品であることの意味合いが強い。上記の作品を眺めて共通するのは、その時代までの社会通念に対する疑問とハリウッドエンディングの否定だ。この傾向は1977に「ロッキー」が登場するまで続く。 

 さて、これらの作品をピーター・ボグダノヴィッチ監督の作風と重ねてみよう。皆さんはどう思うだろうか。皆さんがアメリカン・ニューシネマの只中にいるとしたら、彼の作品をどう思うだろう。彼は時代に戸惑ったのだろうか?それとも迷ったのか?当時の彼の作品に未公開が多いため、私に答えはない。しかし、今回の「マイ・ファニー・レディ」を観る限り、彼はここにたどり着いたのだというように思える。彼女とはイジーのことであると同時に、映画のことであろうと私は思う。監督はここへ帰ってきたのだ。紆余曲折を経て尚、自らとともにあり、自らの人生そのものである映画では魔法は信じられるし、やはりハッピーエンドが良いのだと。 

 ピーター・ボグダノヴィッチ監督は批評家でもある。批評家から監督になったといえば、フランソワ・トリュフォージャン=リュック・ゴダールが有名で二人共、言わずと知れたヌーヴェル・ヴァーグの旗手である。これも今となっては少し気の利いた洒落のようだ。 

 

参考文献 

熊本大学映画文化史講座編 「映画この百年・地方からの視点」 

町山智浩著 「〈映画の見方〉がわかる本」 

明けまして、おめでとうございます!

日記

 本年もよろしくお願いいたします。 

 今年も初詣に行って来ました。

 今年の初詣は千葉劇場で「マイ・ファニー・レディ」ですね。良かったぁ!感激とか感動とか言うのではなく、しみじみ「良かったぁ〜」と心に残る良作でした。

 なぜそう思えるのかというのは後で作品評として書くとして、初詣に行こう!と思い立って今年で2年目。それまでは色々あって、お正月でも、余裕がなかったんですね。それではイカンと、自分に合った初詣で新年のスタートを切ろうと思ったわけです。で、2回続けて素晴らしい作品に当たりました。

 昨年は、テアトル新宿で「百円の恋」。これ、好きです。ボクシングが題材で同じ系統の作品では「ロッキー1」と「クリード チャンプを継ぐ男」の間に割って入るだろうと思っています。そして去年はいい年でした。

 プレイベートの問題は昨年の前半でピークを迎え、苦しいながらも乗り越えることが出来て、その後、その隠れた大きな原因を見つけ、解消することが出来て少しずつ光が見えてきた気がします。その中でブログを始め、曲がりなりにも続けることが出来ました。

 これはもう一つ、クロームブックのおかげ。クロームブックの”かる~い”イメージに惹かれて思わず購入したところ、クロームブックとクラウドとの組み合わせが自分のスタイルにピッタリとハマってしまいました。「なんだぁ、これでいいんだ」と思ったら、映画に対する考え方も、ブログへの取り組み方も、肩の力が抜けて「やりたいようにやっていれば、自然と落ち着くところに落ち着くんじゃないの?」と思えてきたんですね。好きな映画が楽しめる。これは、昨年の大きな成果でした。 クロームブックとクラウドはホントの意味でのノート感覚。ノートと表現とその整理、保存をシームレスに手軽にたった1つで繋ぐことができる、オススメの道具です。

 今年の初詣も素晴らしい作品に出会えました。きっと今年も良い年になるはずです。 

 皆様も2016年が素晴らしい年でありますように! 

クリード チャンプを継ぐ男

作品評

シリーズ第1作の味わい 

 正当な続編というのは正しい。

 2作目以降の演出過多なヒーロー物語と言うよりは1作目と同様の練習から試合に望むプロボクサーとしての側面と自身のあり方に悩む人間としての側面が平行して描かれる比較的よく出来た人間ドラマである。

 出来としては1作目は別格として、その次に良いのではないかと思わせる。老いたロッキーが感慨深い。