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映画そもそも日記

映画のそもそも〜ってなんだろう?をベースにした日記

駆け込み女と駆け出し男

新しいのではなく、1廻りして

 この作品、色が良い。自然で瑞々しい。そしてセリフ回しや方言の使い方、登場人物たちやその背景の生活感なども、現代人に解りやすく十分に演出されていながら、無理がなく自然に受け取れる。大泉洋の立て板に水の口上まがいのセリフ回しにしてもである。

 最近の時代劇は迷いがあったように思う。映画にヌーベルバーグという波が押し寄せた時代から日本の時代劇は変わっていった。リアリティという言葉とやり方が金科玉条のようになってしまった。それが行き過ぎて現実感のない時代劇が横行するようになる。農民は常に虐げられ悲惨な生活に追われ、町人はずる賢く、商家は悪どく、侍は横暴。武家は権力を笠に着る。農民の風体はボロをまとい、農村は荒れ果て、江戸は爛熟を極める。そうでなければ時代劇ではないというような風潮があった。そんな時代劇に創り手も鑑賞者も疑問を持ち始めて、多分、ここ十年くらいの時代劇は新しい方向性を模索していたのだと思う。

 口上のようなセリフ回しは落語や講談のようでもあるが、考えてみれば、江戸時代の庶民の娯楽としての芝居や辻講釈がその時代の人々の会話における言い回しに少なからず影響をあたえていたと考えられるのは自然なことのように思う。ヌーベルバーグ以前の時代劇にそのようなセリフ回しが多用されたのも、講談や浪曲無声映画活動弁士の影響が強く残っていた事も事実であろうが、そればかりではなかったとも考えられる。そのような往年の時代劇の良さとリアリティを求めた時代劇の良さを程よいバランスで纏め上げたといえるのがこの作品だ。

 私達の知っている江戸時代以前の日本の風景は明治以降に多分に作られた物のように思う。7日で1週間、そのうち1日は休日というのは外来の習慣だが、その習慣が日本に根づく以前、庶民は年がら年中働き通しだったのだろうか?実は、物売りや職人などは午前中や午後早いうちに仕事を切り上げていたという話も聞いたことがある。もしかしたら当時の人々は精神的には現代人よりも豊かだったのかもしれないとも思える。この作品の視点も当時の人々の生活を見直させてくれるものだ。視点の振り子が夢物語から現実味のあるつくり話を経て、螺旋のように1周廻って1段高いところにたどり着いたのかもしれない。これから、本当の時代劇が観られることを期待したい。

 それにしても、戸田恵梨香さん、いいねぇ~。