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映画そもそも日記

映画のそもそも〜ってなんだろう?をベースにした日記

マッドマックス 怒りのデスロード (1/3)

映画論

映画スタイルの誕生

 面白い!緊張感が途切れることなく、最後まで飽きさせない。シリーズ最高傑作の評判は嘘ではないですね。最高に楽しめる、これぞ映画!という作品です。

 映画は動く写真として生まれたと言うのは弁証法の大家、三浦つとむさんの名言(著書:芸術とはどういうものか)ですが、動く写真を撮影できるという発明と撮影機械を売り込むための見本として上映された、本物ソックリの走って来る列車に観客は仰け反って身を避けようとしたという話は有名です。この動く写真の魅力の原点を今の認識で最高に高め凝縮したのがこの作品。つまり、この作品は映画の原初的魅力で溢れている、いや、その魅力を突き詰めるために物語があるといえます。この魅力については多くの専門家が語るでしょうから、私はちょっと違う視点から考えてみることにしましょう。

 シリーズ最高傑作と言われますが、昔からのファンは知っている通り、1作目と2作目には大きな溝があります。別物と言っても良い。1作目は物語が主でアクションは従であると言ってもいいでしょう。ある男の生き様の物語。しかし、2作目は主従が逆転します。アクションを活かすための物語。監督が本当にやりたかったのが2作目なのか、それとも1作目のカーチェイスを土台としたバイオレンス・アクションの評判が良すぎたための興行方針としての2作目なのか、私にはどちらかはわからないけれど、この監督はここで本領発揮となるわけですね。ここで抑えておきたいのは、2作目の舞台設定です。何でもありのアクションを無理のない話にするための統一された世界観とは何か?ジョージ・ミラー監督は考えたんですね。

 核戦争後の荒廃した世界。この世界観、誰が最初に考えたのか、これも私にはわからないけれど、この作品をきっかけにその後ジャンルを問わず多くの作品に強烈な影響を与え続けることとなります。この作品は映画において新しく普遍的な世界観を作り上げてしまった結節点的な作品とも言えるでしょう。専門家の方たちはとかく内容だけから作品を評価しがちだけれど、映画の歴史から見るともっと評価されて良いシリーズではないでしょうか?この物語の設定のおかげで、彼のカーチェイスを土台としたバイオレンス・アクションは単なるアクションの類型からジョージ・ミラースタイルというべきものになったと言えるでしょう。

 で、はっきり言って3作目は毒気が薄れて個人的には面白いとは言えないものでした。毒気や恐ろしさという面では1作目も当時としては衝撃的で、決して2作目に劣るものではなかったのですから、興行面を考えすぎて方向を間違ってしまったのでは?と思えたものでした。ところが本当に30年の月日を経て、この狂気の世界観が3倍パワーアップして帰ってきたんですね。スゴイことです。もしかしたら、この月日こそが、監督が自作の魅力を冷静に観て、いろんな意味でそれを実践するのに必要な時間だったのかもしれません。この作品はこれ単体でも十分に楽しめますが、前作を未見の方は、ぜひ、ご覧になってください。映画表現の新しいスタイルの誕生を実感することができるはずです。