読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画そもそも日記

映画のそもそも〜ってなんだろう?をベースにした日記

シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になった2人

作品評

経済問題ではない 

 邦題だと経済問題を扱った作品だと思ってしまうが、これはあくまで2人のおばあちゃんを追った作品である。原題の「Two Raging Grannies」はそのものずばりだ。だいたいが、ここでおばあちゃん2人が気付く、経済の根本的な問題、「経済活動とは何か」と「永遠の経済成長は可能か、それは必要なのか」という2つの問題は、世界最高レベルの経済学の先生方にも未だに解けていない問題だと私は理解している。当然この作品がその答えを提示することなど出来ないし、現にしようとしていない。問題提起のみで終わっている。だから、このパワフルなおばちゃん2人に比べて学者や学生、企業のトップ、その他経済の専門家たちの不甲斐ないことと言った風にこの作品は描いているが、それはこの監督がこの経済の根本問題の難しさのレベルを全く解っていないからできることだろう。そしてこの作品の本題はおばあちゃん2人の生き方であり、その行動力だ。だが、正直に言うと底が浅いと言わざるをえない。普段、真面目に経済の問題を考えている人たちにとっては経済問題を扱った作品としては観る価値はない。 

ドキュメンタリーとは 

 ドキュメンタリーは事実そのものを伝えるものではない。作者が捉えた事実のある側面が表現されたものだ。特にカメラという機械を使った表現では当初、カメラが対象をありのままに記録したように見えるために事実そのものを記録する表現形式と考えられていた。映画もまた動く写真として生まれたのである。しかし、次第に写真も映画も事実を記録するのではなくカメラという機械を使って撮影者が捉えた世界を再現するものであるということが解ってきた。カメラは事実を写す道具なのではなく、作者の捉えた世界を映すための素材を記録する道具だったのだ。だから、この作品も現実のおばあちゃんたちの人となりと言うより、作者が理解した2人のおばあちゃんであると考えるべきである。つまり、ここで説かれる経済問題も2人のおばあちゃんも作者の理解を通したものだ。では、その理解は鑑賞者である私にはどのように追体験されたかといえば、経済問題についての理解は浅く、2人のおばあちゃんはパワフルで面白いがこれも表面的なものとしか私には理解できないのである。